2018年10月19日 (金)

自然布が世界を変える

 私の中高校の同級生の 川島良彰君は コーヒーハンターとして現在 日本、いや世界のコーヒー界をリードしている一人であります。 彼の著書 「私はコーヒーで世界を変えることにした」 がある。 なんと大言壮語 彼一流のホラかなと思っていたが、実際 コーヒーを通じて コーヒー生産国が変わり始めている。すごいことだ。

 私も自然布で世界を変えたいと思っていたが、そんなおこがましい。自然布の存在自体が世界を変えるポテンシャルを持っているのだ。その助けを私はするにすぎない。
自然布は人類が太古から培っていた衣服だ。
衣食住という言葉があるが、 衣こそ人間を人間ならしめているものである。
 それが 産業革命によって、大量の衣服の生産が出来る様になり、社会構造を変化させ、今に至る。 90年代からファストファッションも台頭し、衣を巡る世界はますます混沌かする。
 私は、10数年前から 衣の大量消費 大量廃棄の問題を 極一部ではあるが訴え続けてきた。やっと2018年になって マスコミでも取り上げられるようになった。 衣の安全性は 数年前「トゥルーコスト」という映画によって 顕在化してきたが、それも私は10年前から訴えていたことである。
 資源の問題に対して。環境汚染の問題に対して。人間性損失について。皮膚病をはじめ化学物質過敏症などの現代の病気に対して。下請け発展途上国の過度な搾取について。バーチャルウォーターの理論に対して。持続可能な生産について。土にもどる生産品について。
今 世界は自然布のその存在を求めているのである。
が、しかし 世界のなかで自然布を産業として作っているところは 日本しかないといっても過言ではない。
先日台湾に行って 先住民族の織物を見学してきたが、自然素材で昔のとおり作りはじめたのはごく最近のこと。それもほんの一部の方だけだ。
 世界の注目が日本の自然布に集まる。 これは人類の希望だ。
さあ、自然布が世界を変える時期が来た。Oist

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2017年2月15日 (水)

金沢 成巽閣(せいそんかく)の絨毯

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 昭和55年発行の「絨毯とタピスリー」読売新聞社刊の本に載っていたので、いつか見たいと思っていた絨毯でした。その本によると、「まだ未開の東南アジアで織られた物と考えられている」とのことだが、東南アジアには絨毯を織る文化はないので、明らかに間違いだった。
また、「外国に注文してこっそり持ち帰った密輸品ではないかといわれている」とあるが、鎖国の時代、外国のものがあまり流通していないという先入観で語られていると思う。縞でも更紗でもたくさんのものが海外から日本に流入している歴史をみると、明らかに密輸品ではないし、前田家がこんな大きなものを密輸したなら、幕府が放って置かないだろう。
 金沢に行くにあたって、やはりこの絨毯を見たいなと思っていたが、兼六園の横の成巽閣
で突然出会えたことはラッキーだった。
写真撮影はできなかったのですが、パンフの表紙に写真がありました。 加賀前田家伝来の絨毯です。350年前ムガール帝国に注文して作ったといわれる絨毯です。
5.4m四方の手織りとしてはとても大きな絨毯。パイルはウール。ベースはしっかり確認できなかったけど、経緯ウールのようです。ノット密度はこれも正確ではないけど4ノット/cmぐらい。前田家の家紋が織り込まれています。
 ともあれ、20年来見たかった絨毯に突然出会えた。感激です!

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2016年2月 3日 (水)

京都2日目

Img  朝、平良さんとホテルロビーで打ち合わせ。たくさんの宿題をもらって、どうしよう?

その後 京都近代美術館、志村ふくみ展にO君のとNさんと行く  会場前で芭蕉布ツアー参加者のMさんとバタリ出会う。 会場では志村さんのお孫さんを紹介してもらう。ふくみさんは孫が継いでくれるので また張り切って学校など作ったと聞いた。
 志村ふくみ染織学校の生徒 Fさんと昼食 その後問屋に挨拶のあと
紅型 城閒家3代展  城閒栄一君に合いに行く。城閒工房は紅型宗家として由緒あるところ。栄一君の襲名披露の展示会である。 京都産業会館までで高知の江上さんとばったり出会う。
 とにかく今回の出張は偶然の出会いばかりであった。

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2016年2月 2日 (火)

boro展からミヤコメッセ沖縄工芸展へ

2月1日 まづ O君 Nさんと待ち合わせて 神戸ファッション美術館でBoroの美学展へ そこで学芸員のWさんとお会いした。彼女は昨年の葛布ワークショップ参加者。 田中忠三郎さんのコレクションは 圧倒的である。布の本質をボロたちが語っている。もったいない=物体ではない そんなメッセージをかんじる展示であった。

布に携わっている人全てに見て欲しい 企画である。
 その後ミヤコメッセへ 地下鉄の駅を降りると 誰かに呼ばれた! タクシーに乗ったTさん。 ツアー参加者である。奇しくもここで昨年のアイヌツアー参加者が4名そろう。
 会場では 紅型の屋富祖さん 宮古上布の上原さんにも出会う。下村撚糸の下村さんにも会った。 とにかく多くの知り合いに出会った。
 O先生と 平良さん、O君、Nさんと ギャラリーKへ そこには一昨年のワークショップ参加者 龍谷大のO教授が・・・・。 しばらく布をさわって熱く語っていたのだが、そこに昭和村のW君が・・・・ 。びっくりである。
 その後河岸をかえて 夕食 途中染織αのSさんと出会い 一緒に飲みに行くことに・・・。
 なんだろう とてもたくさんの知り合いにであったすごい日であった。
もちろん、こんなたくさんの人と出会い、その都度 布談義をしたのはもちろんである。
 高瀬川添いの料亭にて 染織談義を一流の人たちとできて ご機嫌な私です。
Photo

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2015年10月16日 (金)

工房の織機

ワークショップでは8台の織機をだしていたのだが、作業の邪魔になったので

織機3台を分解してかたづけている。
 工房にどのくらい機があるのか 数えてみた。
葛布用高機5台 卓上リジット機3台 
高機8台・・・・・・その内2台はまだレストアしてなくて眠っているが・・・
稼働できる高機は合計10台
どれも古い機なので愛着がある。

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2015年10月 8日 (木)

阿波一宮 大麻比古神社にて考えた事

 徳島板野町に Iさんという 楮布を織っている方がいる。

久しぶりに彼女の工房を訪れた。

 その後近所の大麻比古神社を参拝してきました。

この神社の縁紀には 麻楮の種を播植し、麻布木綿を製して・・・云々

とありました。 ここで啓示をうけたのですが、

大麻(おおあさ)があるなら小麻、中麻があったかもしれない。

あ、さ は言霊でいえば あ=根源的な物=神 さ=分かれる、割ける、の意

で「あさ」は神の力が広がった物といえるでしょう。

 ですから現在ある 大麻草=あさ ではなく 神事に使う 神の霊力が宿った植物繊維を

「あさ」といい、後に大麻草が 入ってきて、より霊力が強かったので、以前に存在した「あさ」と区別する為に「おおあさ」といったのではないか。

 小麻とか 中麻とかいう言葉は無いが、以前に有った「あさ」と区別するために「おおあさ」=大麻と称したと思う。

では「おおあさ」とくべつされた「あさ」は何だったのだろうか?

それは「木綿」と書く「ゆう」であるとおもう。大麻以前の布 「由布」もしくは「木綿ゆう」

 その素材は 楮であったと思うが、藤布、葛布もあったかもしれない。

阿波志には

阿波志巻六(三好郡)の「土産」に「麁布 郷名達非以穀/出葛藤作」とあります。

葛藤が 葛、藤を意味するか、葛藤で葛のみを意味するか不明ではあります。

絹以前 麻以前の布のことが気になります。

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2015年9月 9日 (水)

手織りを仕事に4 5W1H

一人で工房を開いて そこで生計を建てるとなると 自分の作品が売れるか?ということである。

 いくら作品をつくっても それが売れなければ 生活できないのが現代の時代である。
そこで 5W1H の考え方が有効である
Who    誰が・・・ 当たり前のことのようだが、あなたなのか、工房名なのか
そして 作り手はどんな人なのか? 当たり前と思って深くかんがえていないかもしれない。
Where どこで・・・ 店で売るのか、ネット販売か、フリーマーケットで売るのか?デパートで売るのか 注文を受けるのか?  
When    いつ・・・・ 売る場所を設定しても いつやるのかはっきりしないと
What なにを・・・・作品構成を考える必要がある あなたは何を売るのか?
Why 何故?・・・・ なぜその作品を作るのか
そしてもう一つのW
whom  誰に・・・・ 販売顧客のイメージはできているのだろうか?
Hは How どのように・・・・売り方
もう一つHを追加すると How much  いくらで? 価格政策である
Hを追加 How many   どのくらいの量を・・・
5W1Hが 6W3Hになってしまったが、このことを考える事が基本になる。
 

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2015年8月12日 (水)

手織りを仕事に 3

豊かさとは本来お金の多寡ではない。しかし現代社会においてお金はある程度必要である。 ましてや手織りを仕事にするということは 作品をお金に換えるということである。 

 手織りという仕事をしている方は 本質 豊かである。素材に向かい、染色に携わり、一本一本織り上げて布にする手仕事ほど 豊かな生活はない。
 基本 才能も意欲も努力もない方は豊かになれない。しかし手織りを仕事にしている人は 才能も、能力も有り余るほど豊かである。その豊かさの一部をお金に換え、生活の安定に変える手助けができると思う
 実際、私が大井川葛布を起こしたとき、何も無かった。しかし全てが有った。
内包されていた。それを 少しずつ絡まった糸をほぐすように現象かしていった。その経験を踏まえて 語っていきたい。

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手織りを仕事に 2

 手織りで充分生活ができ、制作に邁進している方については 私がとやかく言うことはない。私が心に留めているのはこれから染織を仕事にしようとする方、現在手織りの仕事をしているのだが、十分な収入がなく、生活に困っている方なのだ。

 手織りという尊い仕事をしている方が「貧乏」であってはならない。むしろ生活を含めて「豊か」であるべきであり、「豊か」であるはずである。
 顧みるにせっかく熟練した技量を持ち、素敵な作品を作ってる多くの方が、生活の為によそでバイトをしたり、バイトにかまけて作品が作れなかったり、仕舞には
手織りを仕事としてできなくなったり・・・・・ 多くの残念な事例がある。
しかし、彼らには素晴らしい技量と才能がありセンスがある。このまま朽ち果てさせるには惜しいし 私を含めた手織り染織業界の損失でもある。
 先日の葛布ワークショップで ある作家から相談を受けた事で 今まで考えてきたこと 私がやってきたことで 参考になることがあるならと思い いろいろ書き出していきたいと思っているDsc_2478

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手織を仕事に

「手織が生計を立てる仕事になり得るだろうか?」

染織をめざして勉強している若者たちが抱える疑問の第一であろう。
 最近は染織が生活の一部として、染織品も売り、農業をやり、バイトもやり、生活していこうとする若者も出てきている。染織が生活の一部として行くことに 新しい潮流を見ることができる。
 結婚をして 生計の主要部分を夫に(または妻)に任せて、染織をしている方もいる。その中には 伝統工芸展など ハイレベルな展示会に入賞するような方もいる。生活に追われて 特別な作品を作る時間のないプロより 生活の不安無く、コンペ用の制作に充分時間を掛けて入賞、受賞する方が最近は増えてきているようだ。
 止まれ、いろいろな染織作品のあり方があるだろうが、その方たちは「生活」できているので、私ごとが四の五の言うことはない。

 私が気にとめているのは「プロとして染織で生活をしていこう」としている若者である。染織の学校に通い、工房で修行を積み、染織で自立しようとしているが、躊躇している人、すでに作家として自立しているが、なかなか作品が売れなくて、バイトや派遣社員になって生計の足しにしている人。
手仕事を手織を仕事にしている方にエールを送りたくて 老婆心ながらこのコラムを綴ってゆこうと思う

http://www.kuzufu.com/cn64/pg459.html

P1300002

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