石田誠の死を悼む
実は今回の鶴岡への旅は シナ布のプロデューサー石田誠さんの お別れ会が鶴岡であったのでした。そこに出席するための旅でした。
盟友 石田誠の死を悼む
2012年5月1日
しな織創芸石田屋の 石田誠さんが亡くなりました。
4月29日 夜 亡くなったそうです。
2009年秋 癌の発病がわかり その後一時快復しましたが転移が発見され 昨年秋から再度闘病生活にはいっていました。
2010年には古代織産地連絡会のしな布ツアーで元気なレクチャーをしてくださいましたし、致道博物館での特別講演と作品の熟覧にも力を尽くしてくださいました。
しな布をソフィスケートした作品に仕上げた手腕はすばらしく、我々自然布の作品作りの手本となるものでした。
近年しな布だけでなく、自然布全体の活動にもその才能を注ごうとしていた矢先でしたので彼の逝去は残念でたまりません。
ご冥福をお祈りいたします。
彼に初めてであったのは 日本橋三越4階 呉服売り場であった。
実は前から噂を聞いていた。「シナ布という日本の原始布で 山形市のギャラリーで300万も売り上げる人がいる。」
当時「大井川葛布」というブランドをお越し、葛布を壁装材から日用使いの商品、身に纏う作品を作り始めて4,5年経った頃だった。
彼が催事場の日本の職人展に出展し、私が呉服売り場で葛布の機織りの実演をしていたときであった。彼がその当時一緒にやっていた加納さんと私のところへ来ると「これが葛布か!」と感動してくれた。 私も彼のブースに行き、その作品の完成度の高さにびっくりし、この原始布を商品化して15年もやっていることに 驚きを覚えた。
素朴な、粗末なといっていいかもしれない しな布を洗練された、素敵な商品に作り上げている 石田誠と云う人に 私は 大きな希望を持った。私と同じ事を考え それもわたしより10年前から実践していた人が いたとは 感動的ですらあった。
葛布もこの方向で間違い無いのだと 確信した
その後、仕事の先輩として、同じ原始布の仲間として彼との交流がはじまった。
その当時の彼は 一人『シナ布」を背負っているという気概にあふれ、自信も持っていた様だが、他に対する批判も厳しかったように思える。
日本三大原始布は シナ布、葛布、芭蕉布である。 いつかこの三大原始布展をやりたいと 我々はいつしか夢を語るようになった。
初めて三大原始布展を おこなったのは 高知 彼の親友 江上さんの企画であった。
素晴らしいホールでの三大原始布展であった。
シナ布、葛布とならべ 芭蕉布があったが、それは 沖縄のものではなく
芭蕉の繊維は使っているが、機械紡績糸にして 織り上げたものであった。
彼と二人で 「出てくるオーラが違うね」と話し合っていた。
本物の芭蕉布と葛布、シナ布をならべてみたい。そんな夢が二人にあった。
芭蕉布といえば人間国宝平良敏子の芭蕉布工房である。我々にとって憧れの工房であり作品であった。私は石田さんとの夢を実現するために 粘り強く交渉していた。
その夢が叶う時が来た 姫路 書写の里工芸館で 姫路のギャラリートークの大橋さんが
日本三大古代布展を開催してくれたのだ。 本物だけが持つ 素晴らしい展示会であった。沖縄からは平良美恵子理事長も来てくれた。 しかしその時 石田さんは発病していて その場には居ることができなかったのが残念だった。
その後昨年3月 鶴岡の彼のギャラリーで 三大古代織り展を開くことができ、芭蕉布の平良さんの講演、葛布の私のレクチャー、五十嵐勇喜さんのレクチャーと 真に3大古代布が集まった 石田誠記念碑的展示会をおこなうことができた。
数年前から 葛布、シナ布を含めた日本の古代布のあつまりである 全国古代織り産地連絡会の事務をおこなっていて、自分の葛布のみならず、日本に残っている 古代布と呼ばれる世界的にみても貴重な 布を 継承発展させていこうとおもっていた。
そこに石田誠のプロデュース力を生かしていきたいとおもっていた。
シナ布を 洗練された素敵な作品にしていた 石田誠の手腕を古代織りに生かしたいと思い始めた。 彼もだんだんその事を理解してくれ、2010年におこなわれた シナ布ツアーでも中心的な役割を果たしてくれた。
シナ布は何になるの? 葛布はどうしたらその個性が生きるのか?二人でよく話し合った。この布達を 海外に問うてみたい そんな野望も沸いてきた。そこには石田誠のちからが 必ず必要であった。
昨年の8月から 毎朝6時に 石田さんの快癒を祈るのが日課になりました。昨年の古代織り産地連絡会の宮古上布ツアーの最中も 毎朝宮古島から 彼の快復を祈っていました。
今年1月に東京に出てきたとき 丁度私も出張中で 3日間かれの処へ行きました。
4月の20日ごろあなたから電話をいただきました。これが最後のお話となりました。
4月29日 彼のお父さんが そこへ行ったことで『誠が授かった」という東京の飛田給に行き そこで 啓示を受けました。
肉体が苦しいのであれば脱出してもよいでしょう。
でも 生き通しの命であること 忘れないでください。
シナ布のこと 自然布のこと宜しくお願いします。転世が早ければ私に会いに来てください。来世でのあなたとの出会いはどのようになるのかも楽しみです。私はきっと布に関わることをまたしているでしょう。
ともあれ 今生きている一秒一瞬を喜んで感謝して生き抜いてください。
あなたともっとたくさん話し合いたかった。いや またお話できるでしょう。
今でもあなたにいつも 話しかけています
昨年4月に三大古代織展示会で
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