染織

2009年11月 6日 (金)

葛布の偽物?

 芭蕉布の平良さんと話していると「芭蕉布の偽物が多いのよ」と宣う。芭蕉の繊維をレーヨン化して「芭蕉布」として販売しているのは まだ理解できるが、(平良さんは納得しないとは思う)
はっきり紡績糸と言ってくれるのなら、本当ではないが嘘でもないので少し納得すると思う。
「夏芭蕉」とか「絹芭蕉」とかに至っては???である。これは絹糸を精錬せずにつかって織った物である。中国製の綿プリント 芭蕉布に似た地色に琉球絣のプリントを見たことがある。なんちゃって商品なのだが、これが沖縄土産として売られているなると?ではある。
 さて、葛布にも偽物がある 。主にふすま紙の中で「新葛布」とか「吉野葛布」とかの名称で売っているものが現在でもある。葛の糸は全く使っていないし、葛布の風合いでもない。単なる名称なら良いのだが、お客さんが「うちのふすまは葛布なのよ」と思い込んでいる場合は 実害がともなう。是非是正してほしい。 昔、某有名ハウスメーカーが 葛布を写真撮りしてビニール壁紙にプリントしたものを「中国葛布」と呼んでいたのにはびっくり。糸結びまで再現したビニール壁紙だったが・・・。
 時折、葛布のカーテンが壊れたから修理してほしいとの 問い合わせがある。当社のものではないが
見てあげると 8割ぐらいは 葛布ではなく 麻である場合が多い。これは、葛布の業者が「葛布」と言って販売していた可能性があり たちが悪い。土産物でも動力機械織りのアバカを葛布と同じ棚に置いてある場合は 買い手にはほとんど見分けはつかない。これも是正してほしいものである。
 マニラ麻を葛布といったり、菅のような織物を葛布といって 修理に来る物もある。これは骨董やから買った例が多い。知っていて葛布と言ったのか、知らずに葛布と言ったのか? 
 以上はふすま紙やカーテンなどであった偽物?だが、呉服で「葛布」というのが
オークションで出品されていたのにはびっくり。正絹と品質は表示されているので多少良心的?ではあるが、買った方が「葛布」という商品名の着尺を買ったと思うか、「葛布」を買ったと思うか微妙である。
 偽物がでるのは 有名な証拠であるとは言うが 芭蕉布ならともかく あまり知られていない「葛布」に偽物がたくさんあるのは 如何なものか?

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小堀遠州の葛布

 また発見です。昨日東京国立博物館へ行ってきました。そこの小堀遠州の甲冑、鎧下衣服、陣羽織などが陳列されています。 私が最近遠州流のお茶を習っているため、この展示物はことさら興味がわき、
望遠鏡を持って再度子細に眺めると、なんと 鎧下の布が葛布らしい。そこでひたすら展示ケースのガラスに顔をくっつけて望遠鏡でのぞくこと1時間余。
・緯糸は撚りをかけない 葛の平糸 葛らしい平らな繊維の特徴が確認された。糸つなぎは重ねあわせのようだ。葛らしい繊維の束も確認。ほぼ90%葛であると断定
・経糸は撚りをかけた葛糸  植物繊維であることは確実。苧麻の所見は見られない。大麻の所見は見られない。木綿の所見も見られない。光沢があり、繊維の平たいところが確認される。
糸つなぎは撚り掛けが数カ所確認できた。以上の観察からこちらも90%以上葛の撚り掛けS撚りの糸であろう。
 前出の浅野長政甲冑、くさび帷子下の布より 葛布である確立はかなり高いと判断する。

今回は緯糸が葛の平糸であることは 江戸初期にもすでに平糸が使われていたと言うこと。
また、経糸が葛撚り掛け糸であることは 新しい発見であるし、この組織でそれ以前も織られていた可能性がある。
 この上は 上杉謙信所用の葛布袴を見てみたいものだ。Dscn1592
小堀遠州が大阪夏の陣で使ったと言われる甲冑。東京国立博物館蔵


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甲冑のすね部分の画像


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 拡大鏡をつかっての撮影。葛布の特徴が見える。


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浅野長政の葛布

 3日名古屋 徳川美術館に行ってきました。浅野長政の甲冑下に葛布が使われているとの情報がはいったからでした。戦国時代の武将のファッション と題した展示会でした。
 前出の甲冑の鎖帷子の下が葛布らしい。ガラス越しですが、望遠鏡で必死こいて見つめること1時間余。葛布ではないかという予想ができました。
 経糸が切れていて、平糸が飛び出ています。近くで見ることができないので はっきりしたことは言えないですが、他の植物繊維では見られない繊維の形状です。ほかの可能性があるとすれば紙を細く切ったもの。でも照明に当たって光っている様は葛の可能性の方が高い。葛らしい繊維の筋は確認できなかった。葛の平糸にしては糸の太さが整い過ぎているのも少し疑問ではある。
 経糸は生糸 かなり細く 経糸密度がある。経糸が切れている方が多く、緯糸が飛び出ている。
そんなこんなで 葛布の確立80%と判断しました。 
緯糸紙の平糸の可能性も否定できませんが、撚りをかけない紙糸が製織に耐えうるのか疑問ではあります。また、紙糸なら 何故撚りをかけないか、また経糸にも紙糸を使わないかという疑問もあります
 これが葛布であれば 桃山時代には葛布は緯糸に使いそれも撚りをかけない平糸である事例の最初です。
 今後甲冑の研究も必要かと思いました。Photo
 写真:徳川美術館図録 戦国の武将のファッション 浅野長政の甲冑より

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2009年11月 4日 (水)

古代の葛布

 古代中国では葛布を持つことはとても財力があることでした。呉王夫差(臥薪嘗胆の故事で有名)が臣下から20万反の葛布を献上されて臣下の財力に驚く話もあります。
さかのぼると、夏王朝の祖である兎が皇帝を禅譲されたときに葛布の衣をかけたとの神話があります。司馬遷の史記においても 夏の衣料として中心であったとの記述がありますし、孔子の禮記には葛布の衣の用い方が載っています。諸葛孔明は葛布の帽子、葛巾を愛用していたようです。

おそらく日本でも葛布はとても貴重なものであったろうと思います
伊勢神宮の神御衣(かんみそ)にも使われたことが最近分かりました。(自然・天然の布)
  天平8年に葛布の半ぴの盗難届けがありました。(正倉院文書)
 葛布の歴史的研究は誰もまだ詳しくしていません。今後葛布の文献が出てくることが
あると思います。が古い時代から葛布は使われていたと想像できます。
 大麻、苧麻は外来植物ですし、藤は日本にしかありません。葛はその点、日本列島が成立する前から 存在していたとされます。(津川教授伝)
 記紀には 葛垣打琴(かだがきうちこと)が載っています。伊弉冉尊の宮に葛の垣根があったとのことです。葛の葉に薄の穂がぶつかっている音をヒントに琴を作ったとされています。まさに国産みの時にあった植物でありました。
 古事記の藤布は 葛布ではなかったかとの指摘(津川教授伝)もあります。
藤と葛は長いあいだ混同されていました。もっとも中国語では葛藤は葛の植物を指します。大阪の藤井寺市にある名称のもととなったお寺は葛井寺(ふじいでら)といいます。
 古代の布 ゆふもしくは木綿(ゆう)は梶布とされていますが、葛布でもあったかもしれません。しかしその白さと柔らかさゆえ ゆふから早めに分離していった気がします。
 古代人の一番手近にあった植物が葛であったとおもいますし、蔓の長さと強度故、ひもや綱にしただろうし、編み物や織物の糸にしたとおもいますが、現在出土例が極端に少ないのが不思議でなりません。

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2009年11月 3日 (火)

何故葛布は廃れたのか?

何故葛布は廃れたのか?
 いや、廃れないようにがんばっているのですが、やはり自然布の中ではマイナーですね。芭蕉布の知名度には及びもつかない・・・。
実は 古代中国では「夏の布」として葛布が用いられていたようです。古代中国のいろいろな文献に葛布は登場します。また日本でも平安時代には貴族の衣装として制定されていましたし(延喜式織殿寮雑染)神官の服、蹴鞠の袴、などに使われていました。
 しかし、麻、苧麻などの栽培植物とちがって採取しなければ成らないことが おおきな障害となり能率の面で大麻、苧麻にはかなわなくなり、その後木綿の出現で廃れたのだろうと思います。 葛布は繊維を少量採取するには一番簡単ではありますが、量を求めるとなると、とたん難しくなるのです。
 中国では唐の時代から文献の出ることが少なくなっていきます。
大麻、苧麻に取って代わったのではないかと思っております

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2009年11月 2日 (月)

植物繊維の取り出し方

  葛布は葛の蔓を煮て、その後ススキの室の中で発酵させます。数日発酵させると表皮が溶け、中の靱皮が出て、芯と分離しやすくなります。これは菌がセルロースを分解する作用があるからです。他の繊維では、一部の大麻、亜麻が発酵を取り入れているようです。これを私は生物的繊維の取り出し方と呼んでいます。
 さて、しな布や芭蕉布、藤布などは 灰汁炊きをします。これは灰汁のアルカリを利用した繊維の取り出し方と言えましょう。これは化学的繊維の取り出し方と私は呼んでいます。
 苧麻の苧引きのように 生の茎をそのままへらや貝殻で削り出す方法もあります。
これを私は物理的方法と呼んでいます。
 このように3つの方法に大別できますが、このうち2つの方法を併用したりする場合もあります。

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2009年10月26日 (月)

干す

 今日はいろいろな物を干しました.
■ザクロ 染色に使います
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■葛花茶 お茶にします 漢方薬でもあります
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■ラック染め シルクです


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■干し柿 12月下旬に甘くなります

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■柿の皮  炒め物に混ぜると甘くなるとか・・・

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■犬干し なんにもなりません・・・。

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2009年10月25日 (日)

染織紀行9 津波町のアンギン と志村ふくみ展

 ツアー最終日は新潟県津南町、なじょもん博物館へ
奥只見湖の紅葉をみながら新潟県へ。なじょもんではアンギンを展示してありました
からむし(苧麻)赤苧で作られたそうです。
再現ビデオみましたが、からむしと、赤苧から繊維を取り出す方法が違っていておもしろかった

 越後湯沢で へぎそばを食べ、そこで村山さんとはお別れ
新幹線で東京へ。銀座の志村ふくみ展を見に行きました。 平良さんは志村洋子さんと挨拶をしていました。
 4日におよぶ染織ツアーも無事終了。平良さんは飛行機で沖縄に、私は新幹線で静岡に帰ってきました。
◆アンギン編み
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染織紀行8 玉梨温泉

 昭和村からの帰り 玉梨温泉 旅館恵比寿屋へ泊まる事になりました。なんと外の川には足湯が・・
早速河原に降りてゆき、川底から泡とともに湧き出る温泉に足をつかりました。
◆川底から温泉が湧き出ている

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◆温泉につかる私と村山さん

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 旅館の温泉もよかったですが とても気に入ったのは すぐ隣の共同浴場(混浴!)
こちらは八町温泉という。混浴という「どきどき感」がたまらないが 結局男性しか入ってこない。
地元の人と話をしながら 温泉につかった。

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本邦初の私のヌード写真公開!
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2009年10月24日 (土)

染織紀行7 からむし工芸センター

 昭和村には二つの目的がありました。古代織り展にからむし織りの出展をもとめること
工芸センターを見学すること

 最初はからむし工芸博物館に行きました。 苧麻庵のそばは 昭和村では一番おいしいとの村山さんの薦めで さっそくせいろを頼みましたが やはりおいしかったので 写真撮るのを忘れてしまいました。
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博物館では若くかわいい織姫さんが糸作りの実演をしていましたが、私や平良さんの鋭い質問にたじたじ・・・・すこし困らせてしまったかな。ごめんね。

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折しも 沖縄展もやっていて、石垣島から来ていた人がいました。
 


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